農民美術の
 はじまり

農民美術建業之
 趣意書

農民美術運動家
 山本 鼎

鼎のよき理解者
 金井 正

農民美術(運動)の
 可能性

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農民美術80周年
 略史年表


西 暦 和 暦 事 項
1919年 大正 8年 11月、山本鼎、金井正、執筆した「日本農民美術建業の趣意書」を神川村に配布。
12月、農民美術練習所を神川小学校に開講。
1920年 大正 9年 1月、山本鼎、「農民美術建業に臨みて一言」(『読売新聞』)。
5月、東京・日本橋三越で農民美術品展示即売会。
1921年 大正10年 3月、第二回農民美術講習会。
4月、長野師範学校で農民美術展。
6月、東京・日本橋三越で第二回農民美術品即売会、続いて大阪、三越で開催。
12月、農民美術練習所「蒼い屋根の工房」大屋に完成。
1922年 大正11年 4月、農民美術講習修了者による生産組合を組織。
5月、東京・日本橋三越にて第三回農民美術品即売会。
7月、細川護立、森村開作、岸本吉左衛門らの寄付を得る約東ができ、国鉄信越線大屋駅北側に日本農民美術研究所の設立を決定、設計者滝沢真弓、年末までにほぼ完成す。
1923年 大正12年 1月、第二期農民美術講習を新築した研究所にて開始。
4月、研究所開所祝賀会。倉田白羊を教育部主任に迎える。
12月、東京・銀座資生堂にて農民美術展。
1924年 大正13年 4月、農商務省の委嘱により台湾の工芸品調査。
8月、農商務大臣官舎で農民美術展。
9月、東京に日本農民美術研究所出版部を設け『農民美術』誌創刊(九号まで)。
11月、農民美術研究所を通年の甲種講習生と農閑期の乙種講習生とに組織替えをする。
白馬村で第一回農美地方講習会。
1925年 大正14年 8月、第一回夏期工芸学校(農美研究所)開催、翌年第二回。
10月、農林省副業奨励金交付される。以後、国庫補助を受ける。

1926年

大正15年 1月、農民美術後援会(東京、丸の内工業倶楽部)。
12月、日本農民美術研究所産業部東京出張所を芝区佐久間町2丁目18番地に開設。
1928年 昭和 3年 11月、山本鼎、この年『学校美術』誌夏の増刊号に談話。「血気の仕事」を載せ、農民美術運動に一生を賭す決意を述べる。
1929年 昭和 4年 3月、倉田白羊の指導で神科村主催、日本農民美術研究所後援の羊毛紡織講習会開く。
1931年 昭和 6年 長野県農民美術生産組合連合会発足。
1月、研究所にて農民美術生産組合協議会を開催。十四の組合代表、県の副業課、研究所より、山本、倉田、金井、中西、三技など出席。
連合会の出発点として金井正が定款を起草。生産、販売体制の建て直しを計った。
5月、日本農民美術研究所の受講者を徒弟制度に改める。
1932年 昭和 7年 2月、長野県農民美術生産組合連合会事務局、長野県庁副業課へ移る。
連合会組合会費納入。四十三組合、大島、川路、和、日本、日本アルプス農美、青木、北安曇など。
1933年 昭和 8年 金井正『農民美術改革論』。
1934年 昭和 9年 農民美術研究所への国庫補助打ち切られる。
1939年 昭和14年 冨岡貢、林二郎に師事。
日本農民美術研究所閉鎖状態になる。
1940年 昭和15年 4月、山本鼎、倉田白羊追悼講演会(上田商工会議所)で講演。
8月、日本農民美術研究所の建物を神川村大屋区に集会場として売却。
1942年 昭和17年 11月、北原白秋死去、山本鼎、葬儀委員長をつとめる。
山本鼎、榛名湖畔の旅館で脳溢血のため倒れ、高崎市内の佐藤病院で加療後、帰京。
1943年 昭和18年 6月、山本鼎、長野県小県郡青木村沓掛、叶屋旅館に滞在。
1944年 昭和19年 3月、山本鼎、上田市袋町に転居。
1946年 昭和21年 10月、山本鼎、腸捻転となり、上田市馬場町日新堂病院に入院して手術を受けた後死去。
1947年 昭和22年 冨岡貢、東部町に「信濃農民美術研究所」創立。
1949年 昭和24年

分散していた農美の同士十九人が集まり「農民美術連合会」を再出発。組織替えして復活させた。

1952年 昭和27年 指定売店も組合員として加入。
1953年 昭和28年 標証制定。会員バッヂ制定 。
有志十四名による頼母子講出発。
1955年 昭和30年 県の指導により「農民美術技能者養成」。
県下中学より募集。白馬、大町、佐久、木曽、飯山より募集者(36年まで)。
1962年 昭和37年 山本鼎記念館、4月に着工。
10月8日、鼎の命日に開館式。上田市に寄贈。
1965年 昭和40年 農民美術「若実会」発足。
1982年 昭和57年 長野県民文化会館ロビーパネル制作。(農民美術連合会共同作品として)
長野県伝統的工芸品に指定される。
1989年 平成 1年 上田市創造館「農民美術展」第一回展。
1998年 平成10年 上田市創造館展、第十四回記念展。
冬季オリンピック、パラリンピック展示参加。
1999年 平成11年 発祥八十周年記念展。記念誌発行。