文化財の詳細情報

文殊堂

鹿教湯(かけゆ)温泉にあり、行基(ぎょうき)の弟子園行(えんぎょう)が創立したものと伝えられています。現在は天竜寺(曹洞宗(そうどうしゅう))に属しています。はじめは正面・側面とも、柱4本の正方形の建物であったが後に背後に下屋庇(げやひさし)をつけ、現在は側面の柱は5本になっています。屋根は銅板葺(ぶき)(元はこけら葺)入母屋造(いりもやづくり)で、正面中央の向拝(ごはい)(拝む所)付近や周囲の欄間(らんま)などに多くの彫刻が施されており、柱・組物などには派手に色がぬられ、天井には絵が描(えが)かれるなど、江戸中期の特色をよく現す建物です。

堂を建てた時の記録がよく残されていて、元禄14年(1701)に着工し、宝永6年(1709)に完成したことのほか、大工棟梁(とうりょう)が諏訪郡下之原村(現下諏訪町)・牛山平左衛門であったことなどがわかります。

江戸時代中期、すなわち元禄時代の仏堂の作風が明らかな、県内でも数少ない貴重な建物とされています。

鹿教湯の由来

昔、猟師(りょうし)が一匹の鹿を打ちそこない、山深く入って見つけたところ、傷を負った鹿がいたので矢を向けると逃げてしまいました。不思議に思って、そこへ行ってみると温泉が湧いていました。

この湯が傷にきいたのだと思っていると、急に文殊菩薩(もんじゅぼさつ)が空から獅子(しし)に乗ってあらわれ「よいかな、汝(なんじ)日頃信仰が深いので、この霊泉を広く世の人のために知らせんがために、鹿に化(ば)けてあなたをここに連れて来た」とお告(つ)げになられました。

鹿が教えてくれたということから「鹿教湯(かけゆ)」または「文殊(もんじゅ)の湯」と呼ばれてきました。

(鹿教湯の里より)

県宝 建造物
昭和63・8・18
所在地
西内1368
所有者
天竜寺
宝永6年

文化財の写真(クリックで拡大します)

文化財の写真文化財の写真文化財の写真文化財の写真文化財の写真文化財の写真文化財の写真文化財の写真文化財の写真文化財の写真文化財の写真文化財の写真

パノラマムービー

Apple QuickTime Playerがインストールされている環境では、上下左右360度のパノラマムービーをご覧になれます。一般には公開されていない建造物の内部なども見ることができますので、ぜひQuickTime Playerをインストールして、貴重なパノラマ映像をお楽しみ下さい。

QuickTime Playerのダウンロード