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蘇民将来符 その信仰と伝承
八日堂蘇民将来符
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蘇民将来符と八日堂縁日

春原家の蘇民将来符

春原家の写真
林之郷の春原家

鴨居の上に置かれた蘇民将来符の写真
鴨居の上に置かれた蘇民将来符

 信濃国分寺の八日堂縁日は、正月7日の夜から始まり8日にかけて行われる。この縁日には蘇民将来符が売り出され、毎年数多くの参詣者に買い求められていく。近年は、民芸品としても人気を集め求めていく人も多くなっている。映像アーカイブ「蘇民将来符の形態」の再生そうした中で、無病息災、開運、招福を願う、この護符が家庭において、どのように扱われ、保存されているのであろうか。また、蘇民信仰が今も、家庭生活や家族の心の中で、どのように生き続けているのであろうか、その現状を探って見た。

 上田市林之郷、春原敬親さん一家は、百年間以上も4代に渡って蘇民将来符を集め続けた家庭である。現在113体の護符が表座敷の鴨〔かも〕居廊下側に並べ置かれている様子は誠に見事なものである。よく工夫された保存方法でもある。(昭和62年12月18日訪問)春原家は、明治7年に現在の場所に新しく家を構え住むようになってから、敬親さんで4代目になる。敬親さんの曽祖母ひろさんが、山越家から嫁いできた時、蘇民将来符一体が春原家に贈られ、その最初の一体が明治8年である。ひろさんの実家山越家は、信濃国分寺の檀家*1で、代々蘇民講の在家として蘇民将来符を作っている家である。縁組以来毎年八日堂縁日になると山越家から春原家に、その年の護符が贈られるのが慣例となった。更に、敬親さんの祖母はまさんも同じ山越家より嫁いできたので、二代に渡っての縁組となったのである。したがって、両家の血縁・交流は一段と深まり護符の贈与も継続され、百体余の保存、実現となって現在に至ったのである。

蘇民将来符を買い求める人々 上田市内又は近郷近在には、この護符を求め集めている人は数多くいると思うが、百年以上も集め続けたのは、春原家だけであろうと思う。毎年届けられる護符に、今年の行事や、願ごと「長男結婚」「大学合格」、健康を願ったであろう家族の名前、「幸子」「直美」など親子共々心をこめて書かれている。113体の護符は春原家百年余にわたる願いの記録であると同時に、一つひとつの護符が語ってくれる日本近代の歩みでもある。形の大小、文字などによって景気・不景気の年を表わしている点など見のがせない。

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補足・関連項目

*1檀家(だんか)

ある寺の信徒となり、布施などの経済的援助を持続して行い、葬式・法事などを行なってもらう家。また、その家の人。檀方。
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