【訳文】幕府宛赤松小三郎の建白書

【訳文】幕府宛赤松小三郎の建白書

現在の世の中の情勢について口上書で申し上げます。

 今の国内国外の危険の情勢に気のついたことを黙っているのも不本意と思い、身分が低いことや浅はかな考えも省みず、気づいたことの一つ二つを申し上げます。

 ただいま長州征伐のご軍備していることをひそかに察しておりますが、朝廷のはかりごとはなく、ただ義理を守ることを勅命としているだけですので、勝敗のことは考えていないと恐れながらそう思います。なぜかと申し上げれば、もし天皇から臣の罪をただすには、確かに勝算は立ちません。以前に戦を開いた時は決してこのような道理はなかったと存じます。

 もともと城を攻めるには、守る兵より攻める兵が五倍の戦力でなければ攻めない、というのが万国共通の法則と聞いています。ところが、今度の長州征伐軍備は、軍を統率する大将の兵事の作戦がうまくありません。列藩は命令に従わず兵器は不足し兵力も乏しいので、兵法は成り立ちません。各軍は一和とはなりません。
 兵の割り当ても不適当です。勝算がないのは明らかです。罪を糺す軍という名にして、実はその戦力がありません。
 このように、名と実に違いのある取り計らいを行ったことだから、秩序正しく成功させることは難しいことかと思います。長州藩のご公儀への恭順姿勢をも許さないとなれば、真の罪を糺すことはできないことかと思います。領主の大名へ直に長州征伐の勅命が下り、各藩一致して力を出し切れば成功するかと思います。しかしながら、異論を唱え古いしきたりに従って遅れたり、諸大名がすぐに命令に応ずるかどうかは計りがたいことです。
 もし命令に応じたとしても領内独立の思いがますます盛んになることでしょう。また、外国へ援兵を頼めば数カ月もたたないで成功するでしょうが、彼等がのさばり、さらに軍費を負担すれば国の力は経済的に行き詰まるのではないか。そのほか命令に従わなかった処置は何段階もありますが、一方で道理を曲げた方を許さないなら、成功したとは言えないと恐れながらそう思います。そのほか正しい処置と言っても非常の世の中の情勢ですから、普通以上の改正があっても良いし、古い例では融通のきかないことはことごとく荒れています。

 現在の国家の急務は事実に合わせた政治を行うことが大切です。
 第一には、政務を執る御役人の人たちが力を合わせて、気持ちを高め職務に励み、政治が変動しない政策を最も大切な点とすること。たとえ少しの情け深い政治でも、近ごろのようにたびたび変化すれば人々の心に疑惑が生じ、大大名はだんだん領内独立の思いを表面に出すようになるでしょう。
 また、外国との交渉も、その時の役人の考えで時々変えられると、彼等にも疑心が生まれるようになり、将来諸大名はそれぞれ外国人と交際し、諸大名を信じて朝廷や幕府の出す命令を疑うようになってゆく。時々身の振り方が差し迫る事件も起きるかと心配になります。
 役人が仕事に励み、政治が変化しないようにする基本は人材を選んで用いることが一番と思います。各官吏が現在の情勢をよく知って事実に合わせた対策だけにすれば異論も少なく気力を奮い起こして勤務するという効果もあり、長く役を務めることにもなります。その人選は家柄や禄高などに関係のない特別の法で、身分の低い者や家臣の家来でもその身一代は老中や若年寄など重い役までも人選され、力量に応じて高い地位や高禄にお取り立てになれば、国中賢い考えを持った人と序列に不同がないよう人材を選んで政治を行えば、決定したことは簡単には変動しません。国威が広がる根元だと考えます。
 身分の高い人は自分の官位や俸禄に安心していて、学問を勉強するのは稀ですが、身分の低い人は青雲の志を持っていますから、学問に精神を尽くす人が多くいます。ですから、中程度以下に人材がいますので、右のような人選がなければ、とてもみんなが正しいと認める政治方針を立てることはできないと思います。

 今、長州、防州の罪を糺すことについては、三百年来平和な世の中で過ごしてきた大将や兵隊を戦争に駆り立てては失敗も多いし、疲労して損失も多いと思いますので、今後は海陸の兵制の改革と強兵の施策がきわめて大切な事柄となるでしょう。
 このごろの諸大名の兵制は古い格式で停滞していたり、独立の法を立てれば、みなそれぞれになり、諸国一致し力を出し尽くして非常に勢いのある軍はとてもできないことです。まず、幕府直属の兵を増やして、軍制は世界中の良い方法、優れた武器・装備を選んで、中でもイギリスとアメリカ両国の制度は細かく実用的で便利、まことにわが国の地理や人に合っていますので、この両国の制度に基づいて、精密で優れた武器・装備を備えて、それぞれ能力に応じて司令官並びに諸官吏を選び、左の法で配下の海軍陸軍を強くして備えることが今の急務と思います。
 その法は各大名の国力に応じ、例えば何十万石以上は新しい大軍艦、あるいは小軍艦に新式の施條大砲小銃そのほか器械を備え、船上の兵士何百人を従わせ、治世の時も乱世の時も必要経費はみな諸侯より出す。次官以上の諸長官は旗本の中から命じる。その諸官に属する費用はお上から出す。あるいは、騎兵隊何百騎新式精製の武器・装備を備えるべきこと。
 あるいは百何十斤から何十斤までの施條新式の防海砲、守城砲、攻城砲何門みな良くできた装備・弾薬・砲兵を支配し、治乱ともに年中費用は前に同じ。もっとも厩はお上が造営し諸長官並びにその給与、費用等はお上が負担する。
 また、騎砲隊何十門あるいは歩砲隊何十門、諸装備砲兵引き馬諸費用はその諸侯が出す。長官たちとその費用はお上から出す。何万石の大名は歩兵隊何百人施條銃そのほか諸装備諸費用は前に同じ。
 諸長官も前に同じでお上より命ぜられたその費用はお上から出す。右の軍役は命ぜられた日から何十日以内にその兵士の六分の一を江戸へ招集し、後の人数器械は何百日以内に揃え、歩兵騎兵野砲隊は定数の半分ずつ交代して出府致させ、残りは必要に応じて呼び出し手勢として召し仕えさせ指揮はみな旗本から人選して命じられるようにすれば良いでしょう。
 兵士は江戸にいる時に教えを受ければだんだん強い兵になるでしょう。護衛、出陣を命ぜられた大名は順序正しく、その武器・装備とも返してもよく、また兵士熟練の上は要所を守ったり、番所関門等、または火事の防ぎ方など全て軍制で努めれば、諸大名、旗本の労を大いにはぶくことと存じます。

 軍艦は要の場所に置き護衛または御用向きを努め、海防、守城、攻城の砲はみな要所に備え、砲兵は半分ずつ交代在留して、守りを命ぜられる諸長官はみな旗本にしてすべて軍事総督、それ以下の諸軍諸隊の長官はみな家柄身分に少しも拘わらず、身分の低い人や臣下の家来、町民や農民でも学識のある人を選んで国中の軍、能力と地位や身分の序列とに少しでも不同がないようにすれば、諸軍一致の兵制が成り立ち、いつ戦争があろうとも指揮によって任務を全うできるようになると思います。
 全軍備の割り当ては皇国(日本)の地形に合わせて、海軍四分、城軍三分半、野戦軍は二分、その野戦軍は歩兵を元とし騎兵八分の一砲兵八分の一土工兵四十分の一輜重兵(軍需品の輸送補給にあたる兵)二十分の一、この割り当てで組み立てれば、おおよそ適当かと思います。しかしながら、兵の強弱は指揮官の善し悪し次第ですので、政務を執る重い地位にある役人や大将はもちろんそれ以下の官吏の人選も大切なことです。

 古い例にならって家柄や禄高などに関係して十分な人選ができないようでは、富国強兵の策はとてもできないと思います。また、前述のとおり強兵の処置が十分に行われ、情け深い政治に立脚した改正をすれば、出兵の遅れる藩があっても自然と威厳と徳が倍に増すでしょう。そうすれば、数カ月で全国に広がり、この制度に変わってゆくでしょう。

 雄藩の大名も指揮に従い外国も兵の威厳に従い思いやりのある国政に心をひかれ、天下一致となる基本かと思います。もし今の長州征伐のことについて、右の軍備を持たないで、相手に差し向ける軍備が必要ならば、既に、調べてある既存の軍艦へ大砲小銃諸装備を備え、乗り組みの人数に念を入れて選び、実戦に備え、艦隊を組み立てて、陸軍の方は万石以下並びに領内から抜擢した農兵をできるだけ増やし、お供の諸大名は、兵士並びに装備のみ採用して、藩主は用に応じて国に居させ、旗本の中から指揮官を命じ、兵士のみ用い、無用の人を大いに省けば、諸大名の領地も堅固になりましょう。
 罪人を捕らえる討手を命ぜられた諸大名も兵士だけを採用して藩主や重役たちは国元へ帰して旗本から指揮を受ければ、実情にあった活用に近くなるかと思います。
 また、兵士と装備だけ差し出すならば、遠い国であっても命じてなるたけ強兵にすることが大切です。思うに諸藩の高禄の者は能力乏しく、身分の低い人に人材がいるけれども、古い例にこだわって人材を選ばないのは、これまでの悪いしきたりであるから、右のような改革を命じれば大いに効果があると思います。

今まで書いたとおり全部改正するには、費用が多くなります。上も下も一致して、倹約することを採用されたとしても、富国のことになれば政治に多く関係し、かつ半端となって長文になりますので差し控えます。兵事は現在の急務ですので、失敬も省みず大事なことを大ざっぱに申し上げましたことに対しお詫び申し上げます。

九拝敬白

慶応二年丙寅八月

松平伊賀守家来
赤松小三郎

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