愛染明王は、平安時代初期に日本へ伝えられ、当時は息災延命の霊験あらたかな仏として信仰を集めました。中世以降は男女の縁結び、近世になってからは恋愛の本尊として庶民の愛染参りが盛んになりました。愛染明王信仰は、このように時代により変化がみられるわけです。
常楽寺の愛染明王の画像の特徴をみますと、全身を真っ赤に染めているのが目に入ります。この赤色は人間の愛欲煩悩〔あいよくぼんのう〕をあらわしています。頭上は五鈷鉤〔ごここう〕(密教法具のひとつ)を立てた獅子頭の冠をのせ、その下に天帯(帯の冠)をつけています。
顔は三眼(額に一眼を描いて三眼とする)で、大きく見開いた眼を吊〔つ〕り上げ、髪の毛を逆立て怒りをあらわにしています。腕は六本(六臂〔ろっぴ〕という)で、それぞれきまった持物を執っています。
正面の左右の腕は、密教の法具である五鈷鈴〔れい〕と五鈷杵〔しょ〕を、その脇の左右の腕は弓と矢を、振り上げる最上部の腕は、右手に蓮の花の蕾〔つぼみ〕を執〔と〕り、左手は拳をにぎっています。
着衣は菩薩と同じで条吊〔じょうはく〕、裳〔も〕を着け、蓮華座(蓮の花の台座)に結珈跌座〔けっかふざ〕(座禅をするようなすわり方)しています。また明王は首飾りや瓔珞〔ようらく〕(宝石をつらねた飾り)、臂釧〔ひせん〕・腕釧〔わんせん〕(腕や臂につける飾り)など、たくさんの飾りを身につけています。
光背〔こうはい〕(仏が発する光明をかたどった飾り)は、二重円相(頭光をあらわす二重円の光背)の外側を、さらに大きな円で包む大円光で、周囲は赤く彩られ、火焔〔かえん〕が金泥〔こんでい〕(金粉の画料)で描かれています。また二重円相の縁も同じく火焔が描かれています。台座は上から、蓮華座、宝瓶〔ほうびょう〕(花や水を入れる瓶〔びん〕)、円形花弁型の框座〔かまちぎ〕(台)、孔雀〔くじゃく〕の羽文〔うもん〕を描いた反花〔かえりばな〕(連弁の向きが蓮華座とは逆に描かれる)となっています。蓮華座の赤く彩られた大きな蓮弁は月桂冠のようです。
このように愛染明王の画像の特徴をあげてみましたが、常楽寺の愛染明王の画像は、色彩がたいへん鮮やかで多彩です。しかも金泥〔こんでい〕による彩色は、いっそう全体の色彩の鮮やかさを引き立てています。それだけに画像は装飾的な傾向が強まり、明王の押し迫るような迫力はもう一歩というところです。制作年代は表現様式から室町時代後半とみるのが妥当でしょう。
この掛〔かけ〕物は絹本・軸装で、縦112.0cm、横59.0cmです。