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絹本聖観音画像(常楽寺)

種別 :市指定 絵画
指定日:昭和48・4・9
所在地:別所温泉

解説

この聖観音菩薩の画像は、常楽寺の先代の住職半田孝海大僧正が、比叡山延暦寺から拝領したものと伝えられています。縦108.5cm、幅52.5cmの絹本で、軸装されています。


画像は、正面に阿弥陀如来の小さな像(化仏〔けぶつ〕という)をつけ、宝石を散りばめた豪華な冠を頭上にのせ、左手は胸元で未敷蓮華〔みふれんげ〕(蓮の花の蕾・聖観音の持物)を執り、右手は膝上に垂れ、手の平を正面に向け五本の指を軽く伸ばし、蓮華座〔れんげざ〕(蓮の花の台座)に結跏趺座〔けっかふざ〕(座禅をするようなすわり方)する聖観音菩薩の坐像を描いたものです。


もう少し画像をくわしくみますと、聖観音菩薩は、両肩に天衣、左肩から幅広い条帛〔じょうはく〕、腰下は裳〔も〕を着けています。これらはいずれも菩薩が共通に身につける着衣です。胸元に首飾りをつけていますが、その両側から垂れ下がり、腰のところで交差する瓔珞〔ようらく〕(宝石をつらねた飾り)は膝下まで懸かっています。


両腕には腕輪(腕釧〔わんせん〕・臂釧〔ひせん〕という)がみられますが、特に臂釧〔ひせん〕(臂上の腕輪)は玉を散りばめた豪華なものです。両耳にも宝石の耳輪が描かれています。また条帛・裳には雷文・七宝つなぎ文、冠には、金泥(金粉の画料)による彩色のほかに、緻密〔ちみつ〕な切金〔きりがね〕(金箔を細く切りぬいて貼りつける方法)の手法が用いられています。なおこの手法は着衣の文様の一部、未敷蓮華〔みふれんげ〕、蓮華座などにもみられますがそのほとんどは、はげ落ちています。


つぎに聖観音菩薩の描き方についてふれてみますと、丸顔で頬張りの強いふっくらとした立体感あふれる顔立ち、やや厳しい表情を示す整った目鼻、引きしまった口もと、また体部の的確な表現など、全体に緊張感と迫真感があふれ、鎌倉時代の仏画の特徴をよく示しています。


しかし画像は、後世にかなりの補筆がなされています。例えば結跏趺座する両脚部の足首、頭部の冠の後から、左右に波形に垂れ下がる帯状の飾りは、後に新たに描き加えたものです。また両腕から膝前を巡る二条の天衣〔てんね〕も、後に墨で描き加えています。また墨で描いた髪際〔はっさい〕(額の髪の生え際)、両肩に懸かる波状の垂髪、首飾りから下がる瓔珞なども補筆されています。


さらに肉身部の白色の彩色などにも、部分的に補筆が確認されます。後にふれますが、描かれている聖観音菩薩の背景はかなりの補筆がなされているように思われます。


台座は蓮華座で、蓮弁(蓮の花びら)の縁を切金であらわしていますが、現状は先の部分にわずかに確認されるのみです。蓮弁に彩色された赤色もかなり剥落〔はくらく〕しています。また蓮肉部(蓮の芯〔しん〕にあたる部分)の周囲を巡る蓮弁は不規則で、月桂冠を連想させます。蓮華座の下部は、当初は岩座であったように推測されますが、そのほとんどが剥落し、わずかにその痕跡らしいものが確認されるのみです。


光背(仏が発する光明をかたどった飾り)は二重円相(小さな円が頭光、大きな円は身光をあらわす)です。しかし剥落が進み、円相の輪郭を示す金泥(切金か)の線が、かすかにみとれる程度になっています。

つぎに画面の背景についてですが、ここも全体的に剥落が進み、その描かれた情景をくわしく確認することはできません。当初は光背をふくめ画面の上部に、切り立った重なり合う岩山が描かれていたもののようです。また台座の下部にも、岩の重なりらしきものが確認されます。


それは岩座(岩で描かれた台座)として描かれていたものかどうかわかりませんが、剥落が進みくわしくみとれません。そして三ヵ所に滝が白く描かれています。現状で確認される画面の上部、下部の岩山および滝の表現は、ともに平面的なかき方で奥行きにとぼしく、観音菩薩の表現とは異質です。また筆使いも荒く観音菩薩の表現になじんでいません。


これらの岩山や滝は、明らかに後世になっての補筆といえるでしょう。このように画像の背景となっている岩山と滝が、後世になって補筆されているということは、「滝見観音」「拝滝観音」「白衣観音」などという名称で、他所に滝のほとりに坐す観音菩薩が描かれるように、深山の滝の霊地と観音菩薩を結びつけた補筆なのかもしれません。


以上常楽寺の聖観音菩薩の画像について、その特色を考察しましたが、既述したように、後世になって補筆されていることはたいへん惜しまれます。しかし画面の中心に坐す聖観音の気品のある姿が、鎌倉時代の仏画の特色を、今日に今なお伝えられていることは大きな救いです。特に信州においては、鎌倉時代にまでさかのぼる仏画がきわめて数少ない中で、このような聖観音菩薩の画像が伝存することは、たいへん貴重といえましょう。


最後に、聖観音の名称にふれてみますと、数多くの観音菩薩の種類の中で、基本的な形の観音菩薩を特に聖〔しょう〕(正)観音と呼んでいます。六-七世紀になって変化〔へんげ〕観音(十一面観音、千手観音など)が成立してから、これらと区別するために用いられた呼び方で、数ある観音菩薩を代表するもの、本来の観音菩薩という意味あいがこめられています。