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絹本藤娘と鬼の念仏(常楽寺)

種別 :市指定 絵画
指定日:昭和52・3・18
所在地:別所温泉

解説

片肌をぬぎ藤の枝を肩にした美女に身を寄せられ、身の置き所がなく、頬を指でかいている鬼が描かれています。目をまんまるく見開き、てれている表情はじつにユーモラスです。鬼といえば、普通虎の皮の褌〔ふんどし〕をつけた姿であらわされますが、ここに描かれている鬼は、あきらかに大津絵の主題のひとつである「鬼の念仏」です。青い頭巾〔ずきん〕をかぶり、墨染の衣を着た僧侶が、雨傘を背負い撞木〔しゅもく〕(鉦〔かね〕をたたく槌のこと)をさげています。


この姿は、鉦をたたき念仏をとなえながら、人々に施〔ほどこ〕しを求める放浪僧の姿です。初めて座敷に上がったが所在なさをまぎらわすために手にしていたものか、膝のかたわらに煙草入〔たばこい〕れや煙管〔きせる〕、そして火打ち石などが描かれています。


藤の枝を肩にし鬼に寄り添う美女は、塗笠が下に置かれているところから、大津絵の主題のひとつ「藤娘」にちがいありません。装〔よそお〕いは、薄紅地に萩の裾〔すそ〕模様。下には白の青海波〔せいがいは〕と緋〔ひ〕の襦袢〔じゅばん〕。帯は薄青地に、かわり石畳に蔦〔つた〕の模様と実にあでやかな衣裳です。


この「藤娘と鬼の念仏」に類する絵として、遊女に手も足も出ない達磨〔だるま〕を取り合わせた絵などが多く見受けられますが、これらの絵は、明らかに大津絵のユーモラスな趣向をもとにして描かれたものです。


大津絵とは、江戸初期大津の追分あたりで売り出された民衆絵画で、東海道を往来する旅人の荷物にならない土産品として人気がありました。初めは礼拝用の仏画として売り出されましたが、しだいにこの絵のようにユーモラスな内容に変わっていきました。


絵師の尚左堂俊満〔しょうさどうとしみつ〕は、浮世絵師、窪俊満(1757-1820)のことで、本名を窪田安兵衛といいます。尚左堂、横山堂などと号していましたが、尚左堂とは、俊満が左ききであったことを意味しています。はじめ揖取魚彦〔かとりなひこ〕の門人となり、後に北尾重政に学びました。また俊満は、俳句、戯作〔げさく〕、狂歌にも長じていました。本幅は絹地で、縦44.2cm、横68.4cm、軸装されています。