焼夷弾〔しょういだん〕・機銃の薬莢〔やっきょう〕


焼夷弾の方は昭和19年(1944)12月、米軍のB29による空襲により小県蚕業学校が焼失したおりの不発弾の空薬莢。機銃の薬莢は、終戦直前の同20年8月13日、上田飛行場が空襲された際の米軍機の機銃の薬莢。小さな鉄のかたまりは、やはりそのおりに落とされた爆弾の破片。

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