石井鶴三
美術の広い分野で本格独自の造形性を高めた美術家
石井鶴三
(いしい つるぞう)
1887ー1973
上田で46年間、
鶴三は、塑像と木彫が専門の彫刻家でしたが、
鶴三は明治20年、東京
明治38年東京美術学校彫刻家へ入学。家計を助けるために漫画記者も始めました。午前は学校、午後は遅くまで漫画社という生活が8年も続き、車中街上どこでも素描に打ち込みました。関東大震災前後を境に、鶴三の目指す造形の骨組み、道筋が生まれ、活発な活動が始まります。
小県上田教育会の招きで彫塑講習会の講師として、初めて上田へ来たのが大正13年。美術院研究所を上田へ移すという意気込みで「やる以上は専門家も
昭和24年、東京芸術大学の教授に就任するとともに、注目される作品が次々と生まれました。70歳を過ぎたころには独自の制作の時を迎え、力を尽くして歩んできたそのすべてのものが、一体となった世界をつくりました。鶴三は昭和48年、惜しまれつつ85歳の生涯を閉じました。
※石井鶴三の作品の一部は、小県上田教育会館に展示されており、土・日・祝祭日を除く平日の午前9時から午後4時まで見学ができます。