上田情報蔵
観光課
●科野大宮社
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科野大宮社
常田の科野大宮社は崇神天皇の御代(BC50年ごろ)の創建と伝えられる。数百年を経た大木が境内に多く、獅子歌にまで歌われたご神木の大木も枯木となっている。
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創立年は不詳ですが、『上田市史』によれば、崇神天皇の御代、神八井耳命の孫で当時科野国(信濃国)の国造であった、建五百命の創建で、科野大国魂神とよばれ、国造や県主が崇敬していた神社といわれています。
天平年間(七二九〜四九)に信濃国分寺がつくられた頃は、国府の官祭が行われたと伝えられており、総社大宮とも呼ばれたようです。総社大宮、あるいは科野大宮という呼称、さらには諸国の国府所在地にみられる六所明神が境内にあること、信濃国分寺に近いことなどのことから、古代小県郡にあった信濃国府の総社であったのではないかと言われています。
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◇科野大宮社内・御神木
境内は東西四九メートル、南北三八メートル、面積二一四二平方メートルの広さで、社叢の三十余本のうち主なものは、ケヤキ四本(枯死した神木一本を含む)、スギ三本、ムロ二本、大イチョウ一本などがあります。このうちケヤキの神木の樹齢は推定二千年といわれ、目通り周囲は約一二メートルあります。里人の語り伝えによると、朝日夕日に樹影が八町におよんだといいます。
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