収蔵作品の画像

神川小学校収蔵の
児童生徒絵画作品

山本鼎は、「自分の目で見て、感じとったものを描くことが大切」という「児童自由画教育」を提唱し、大正8年(1919年)に神川小学校で第1回児童自由画展覧会を開催して好評を博しました。保管されている作品は、この流れを汲むものと考えられています。

神川小学校に保管されている作品は、制作者ご本人やご家族にとってはかけがえのないものです。今回の公開の目的の一つは、これらの作品の存在を明らかにして、関係者のみなさまに見ていただくことにあります。ご本人、ご家族からのご希望があれば、制作者との間柄を確認した上で、画像データ、印刷物をご提供します。
また、ご本人、ご家族から画像の掲載停止のご希望があれば、制作者との間柄を確認した上で、掲載を停止いたします。

山本鼎と児童自由画教育運動

山本鼎は、明治15年(1882年)愛知県岡崎市で生まれました。版画家、画家として才能を発揮し、大正元年(1912年)にはフランスに渡り、5年間の滞欧生活を経て帰国。翌年、日本美術院洋画部の同人に推挙され、その年の展覧会に滞欧中に描いた作品「サーニャ」(大原美術館蔵)など17点を出品し、好評を博しました。

帰国後、美術教育の改革を目指す運動を起こします。手本の模写が主流だった図画教育に異議を唱え、絵を描く技術、方法が重要ではなく、自分の目で見て感じたとったものを描くことが、児童の発達に大切であると説く「児童自由画教育」はその一つです。また、冬の農村の副業として、農民が芸術的美しさを備えた生活雑貨や木彫人形を作る「農民美術運動」も進めました。

神川小学校の山本鼎顕彰碑の写真

神川小学校と顕彰碑

「自分が直接感じたものが尊い
そこから種々の仕事が生れてくるものでなければならない」山本鼎

神川小学校は、明治30年(1897年)に現在の位置に神川尋常小学校として新築、平成9年(1997年)に創立100周年を迎えました。大正7年(1918年)に、山本鼎が「児童自由画の奨励」と題して神川小学校で講演、翌年に「第1回児童自由画展覧会」を開催しました。同じ年に「農民美術講習会」を開講するなど、神川小学校は「児童自由画教育」「農民美術運動」の拠点となっていました。
昭和53年(1978年)の創立80周年を記念して、「山本鼎先生顕彰碑」を建立しました。その碑には、山本鼎の言葉が刻まれています。

制作・協力

制作:
上田市マルチメディア情報センター
協力:
上田市立神川小学校
神川・山本鼎の会

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