慶長11年(1606)12月20日 関新八宛矢沢但馬守等連署状
 道也(信綱)のために信綱寺において江湖会ごうこえ(四方の僧侶が集まり、寺中の道場に籠って修学、参禅すること)が行われるにあたり、真田信之が江湖領を寄進することを真田家の重臣連署で申し伝えたもの。


真田町横尾
信綱寺蔵
来年道也(真田信綱)様御ために信綱寺におゐて江湖置かせられ候。これに付いて、御門前の者壱人御普請役御侘言わびこと候間。用捨申さるべく候。壱貫八百文控え候由に候へ共、拾八貫役申し付けられ候由に候間、其の通り必々引き申さるべく候。其の為此の手形進じ候。仍て件の如し。
丙午
極月廿日
矢但(矢沢但馬守) (黒印)
木土(木村土佐守) (黒印)
同五右 (黒印)
原半(原半兵衛) (黒印)
宮藤(宮下藤右衛門) (黒印)
川弥(川野弥右衛門) (黒印)
石喜(石井喜左衛門) (黒印)
出対(出浦対馬守) (黒印)
関新八殿