慶長5年(1600)8月23日 野間久左衛門尉宛徳川秀忠書状
 前掲の書状と同日付け、内容も同様のものである。こちらの方は「信州真田表仕置きのため」と小県郡上田城の真田を征伐するために出陣する旨が明記されている。


小諸市懐古園内
徴古館蔵
猶々今度長々御苦労察入候。切々書状を以て成り共、申し述ぶべく候ところ、何かと取り紛れ、心中に任せず無音、所存の外に候。以上。
差したる儀なく候といえども、啓達せしめ候。今に其の元御在留候哉、御床敷ゆかしく候。当表隙明ひまあき候間、信州真田表仕置きの為、明二十四日出馬せしめ候。尚彼の地より申し述ぶべく候。恐々謹言。
      江戸中納言
 八月廿三日 秀忠(花押)
  野間久左衛門尉殿
       御宿所