山本鼎版画大賞展

審査員講評

瀬木 慎一(東京都)
審査員
美術評論家 総合美術研究所所長

 トリエンナーレ制の第3回目である。それはどういうことになったか。
  果して、一人1点出品の551点のなかからのつらい選考だった。
  作風は多種多様で、ありとあらゆるものがあったとはいえ、全体を通して強く印象に残ったのは、木版画が多いことだった。
  現代版画の流れから言うと、この版種が特に強いということではないが、このコンペティションにおいては、何故か、これが多かった。
  山本鼎は木版画家と一般的に見られているのかもしれないが、彼はすべての版画技法を啓蒙した最初の画家だった。
  結果として、受賞作9点のうち4点を木版画が占めた。
  興味深いのは、それらを見ると、木版画=伝統的あるいは古い、という先入観に相当するものがほとんど見られず、清新で、むしろ意欲的だった。
  それは、大賞作品の精緻で充実した表現によってまったく明白である。
  その反面で、スクリーン・プリントとそれを併用した作品が受賞作中に3点あった。これにおいても、スクリーン・プリント=安易という弱点は完全に克服されて、その技法を駆使して、斬新なイメージの表現を見せているものが数多く見いだされた。
  最新技術であるコンピューター版画も多くあったものの、表現自体の創意に欠けるものが目立ち、受賞にはもう一歩というところだった。
  これらの事実からすると、今や、版種に優劣も強弱も新旧もなく、共に現在と自分を表現するうえで自在に駆使できる技法として、一線上に並んでいる、と言える。
  もし全体に関わる問題点を挙げるとすれば、いずれの場合にも、細部への没入におちこんで、肝心のメッセージが希薄になりがちな傾向を指摘しておきたい。
  その点で、準大賞の2点の、いずれも単純な表現ながら、そこに湧出しているエスプリとドラマの興趣を見逃せない。
  作品に関することとは別のもう一つの感想を付け加えなければならない。
  端的に受賞者たちの圧倒的な若さである。
  大賞作品の24歳を驚異的として、ただ一人の44歳が例外となるすべてが20−30代というこの若年層の全面的な進出は、一体どういうことなのだろうか。そのうちの5人までが学生か大学副手であるという事態は、けっして偶然とは思われない。
  芸術は熟練の所産というジンクスは完全に破れて、技術が真に生きるのも、開発的な意欲の現れという文化環境が、今や、形成されたように見える。
  それを裏付けるかのように、併せて551人=551点のコンペティションは相当なものであり、入賞・入選の合計173点は高水準だった。そのなかに従来の受賞者7人が含まれ、その対面で残念にも選外となったベテランも少なくなかった。
  全国でおこなわれている版画コンペティション中、最大規模と見られるコンペティションの水準は今後も維持されるに違いなく、それだけに応募者のいっそう強く進取の姿勢に期待するところが大きい。

黒崎 彰(京都府)
審査員
版画家 京都精華大学教授 日本版画協会会員

 今回第3回山本鼎大賞展の審査にご招待いただき、このように有意義な機会を与えて下さった主催者の皆々様に、まず心からお礼を申し上げます。若い版画作家、将来を嘱望されている版画家にとって、大賞展のような版画コンクールは、日頃の研鑚を世に問うチャンスであり、真剣勝負の場でもあろう。それだけに、応募された作品群を最初に見ることができる私たちの側は、すぐれた才能の発見に期待が高まり、さまざまな個性、多様な表現に出会う楽しさと好奇心で、いつも我を忘れるのである。
  第3回大賞展は一人2点から一人1点の出品へと、前回に比べれば一人当たりの応募点数が異なり、それによって多少出品者の動向が変化したように思われる。第1回展と比較して応募出品者が100名以上増えたこと、また第2回展よりも50名以上多い作家たちによって、第3回展を競うかたちになったのはその表われであろう。つまり応募点数は減少したが、応募作家が増加した中で、かなり厳しい競争となったわけである。
  さて、全作品が壁に掛けられ並べられた審査会場で、私たちは作品の間を何度も行き来し、応募作品全体が記憶され、頭に入ったところで投票に移った。前回同様のこの作業に多くの時間を費やし、投票が誤りでなかったかどうか再検討を加え、各審査員が意見の交換をしつつ、第1日目に入選作173点が選出された。入賞作の選考は第2日目に行われ、前日と同じ手順を繰り返しながら、最後に全審査員が協議の上、大賞以下の受賞作が決定された。
  私個人の感想であるが全応募作品を概観して、一つの版種やイメージにそれぞれの偏りがなく広くバラエティに富み、出品作家の意欲が感じられる大変レベルの高い内容であった。検討を重ねた結果9作家、9点の作品が受賞作に選ばれたが、その多くがモノクロームで、しかも大賞作品の“A Day of the Sky1”に代表されるごとく、静謐な感性を内に秘めた作品が上位を占めた。
ともすると、版画には技巧的に執拗な表現、色彩の過剰な作品、モチーフの饒舌な繰り返しなどがしばしば見受けられるものである。今回の出品作の中にもこのような例が無かったとは言えないが、受賞作を一堂に並べてみて、版画の特性や機能性の表現を強く意識した時代が過ぎ、個々の感性を研ぎ澄ます媒体として用いられる傾向、つまりは創作の源泉へ回帰する意識が強く感じられたのである。

野田 哲也(干葉県)
審査員
版画家 東京芸術大学教授

 この山本鼎版画大賞展はますます多くの版画家に関心を持たれてきた、という印象である。前回まで一人2点まで出品できた作品は、今回一人1点という制限がついたにもかかわらず、事務局によると、550人以上の出品があったのだという。
  審査は1日目、上田創造館に特設された会場に全作品を陳列して行われた。そして、審査員はそこを巡回しながら入選作にふさわしいと思う作品をまず選んだ。2日目にはそこに入選作品だけが陳列され、授賞候補作品の選考に入ったが、選考にあたっては、良くあちらこちらでお目にかかる作品より、できるだけ新鮮な作品を授賞の対象にしようという意見があり、それをふまえて授賞候補作品の選考が行われた。コンピューターを使った作品も多数あったが、それらは新鮮というより総じて表面的には美しい仕上がりとはなっているものの、伝統的版画技法によるものに比べると、物質感、リアリティーに欠け、そのほとんどがひ弱なものに感じられた。しかし、この技法による作品はこれからも実験が繰り返され、今後優れた作品が出てくる可能性があるようにもぼくには思われた。
  授賞作品の決定は候補の作品を一ケ所に集め比較をし、討議をした後、投票が行われた。その結果、大賞には田中恵美の「A DAY OF THE SKY1」が選ばれた。田中の作品は木版による抽象的作品である。すなわち、具体的なモデルを写実的に、というより作者の感覚によってのびのびとつくられていて、画面は音楽の譜面でも見るようにリズミカルで軽快な構成である。薄墨だけを使った制限されたものであるにもかかわらず、木版は凸版であるというプロセスを良く生かし、彫りには工夫がこらされ、刀痕は強いプレスによってボカシを生んでいる。それらがまたリズムを生み、微妙な色彩をも感じさせる。準大賞に決まった東樋口徹の作品もスクリーンプリントという技法の基本的な特徴を良く生かしてつくられた作品である。「めがね」は、眼鏡の部分を画面に構成したものであるが、スクリーンプリントによる単純な形態の明快な表現は、この作品を魅力的なものにしていることは確かである。また、山本 桂右のリトグラフ「Staircase B」にはかなり洗練されたものがある。その優れた描写力による室内の空間表現は、静かな雰囲気の中に緊張感と余韻があり爽やかな作品となっている。人体を扱った作品も多かったが、サクラクレパス賞の赤塚美子の作品は、形態にはまだ素朴なところがあるものの、木版によるその大胆な表現が評価された。また、佳賞の瀧将仁や河本雪野の作品にはその新鮮な表現が審査員の目に止った
といえる。それは他の佳賞の作品にも言えよう。しかし、ぼくは授賞候補作品の中には今回、ほんとうに優れた作品がいくつもあった、と思った。

遠藤 彰子(神奈川県)
審査員
洋画家 武蔵野美術大学教授

 平成11年から始まった山本鼎版画大賞が今回で第3回を迎えました。回を重ねるごとに表現や技術も高度になり、意欲的な作品や実験的な作品が多く見られ、レベルの高さを感じると同時に新鮮な感動を受けました。
  造形面から見ますと、版画の作品は油絵等の表現と比べると画面が小さい分単純さが要求されるところがあります。その分、作者がテーマやモチーフをどのように絵として捉え直したかがストレートに伝わってくるので、いかに真剣にモチーフと対峙したかという作者の姿勢が重要なのだと感じました。
  大賞受賞の田中恵美さんの「A DAY OF THE SKY1」は、淡い調子が美しく、具象とも抽象ともとれる雲のような形が、空・海・人と、見ている側のイメージを変容させてくれる気持ちの良い作品でした。
  サクラクレパス賞の赤塚美子さんの「作品−7・16」は、大胆に切り取った形の中に光と影を上手く採り入れていました。素朴な表現が他にはない新鮮な印象を受けました。
  佳作の河本雪野さんの「SWIMMINGPOOL2」は、四角い画面を巧みに使い、人物とその周りの空間の形が上手く溶け合うことによって感情を造形化した魅力的な作品でした。
   受賞には至らなかった作品の中にも、インスピレーションをかきたてる作品が何点もあり、私自身とても良い刺激を受けました。ありがとうございました。

渡辺 達正(東京都)
審査員
版画家 多摩美術大学教授

 第3回山本鼎版画大賞展の審査を終えて感じたことは、表現方法としての版の魅力についてである。何故これだけ多くの人達が、版画制作を自己の表現として使うのであろうか。一つには、そこに私達の夢を想像するマチエールとメチエがあるからだと思う。また版画芸術が21世紀の世界に、紙の文化としてメッセージを送るエネルギーを持っているからではないだろうか。
 審査を振り返ると、会場には500人を超える応募者の作品が、所狭しと並べられ選考を待っていた。しかもどの作品も一定の水準であり、会場を1回、2回と見て回るが入選候補を絞り込むことが難しかった。木版画、銅版画、リトグラフ、レリーフ版画等、有りと有らゆる版による作品がある。この中より画と、彫りと、摺の一致した入選作品が選ばれた。創作版画の原点は、自画、自刻、自摺である。版で表現する必要性は何かを問われた。これは現在でも通じる所がある。
 入賞作について、大賞田中 恵美、「A DAY OF T HE SKY1」は凸版である。日本の伝統木版による水性摺の技法を上手く使っている。
準大賞東樋口 徹、「めがね」はスクリーンプリント、孔版であり、めがねのフレームの単純さが美しく見えた。
 準大賞山本 桂右、「StaircaseB」は平版、リトグラフである。リトクレヨンの描写力に感心させられた。描画、摺ともに完壁である。この三人はそれぞれの想像力や思考を的確な版を選択することによって今回の受賞に結び付いた。