山本鼎版画大賞展

第2回山本鼎版画大賞展入選作品の紹介

審査員講評

瀬木慎一(東京都)
審査員
美術評論家 総合美術研究所所長

 いしだふみの大賞作品は、初めから目立っていたが、選びおわってみると、やはり、行き着くところへ行った、という思いを抱かせる力作だった。うっすらとしているようだが、その現実感のこもる比喩的な表現が、コラグラフという凹凸両版刷りの技法を十分に利用して、鮮やかな効果を上げている。

 準大賞の桂川成美の写真をベースにした街景は、それに描写を加えて、整然としながら、躍動感を生み出して、そこに表出した空間の広がりにおいて卓抜だった。同賞の松田修のやや抽象的な作品は、二つの植物的形象の対話を以て何かを伝えようとしているが、そのメッセージは定かでないとしても、明暗の微妙な階調によって生み出されたマティールとも言うべきものに、古雅な味わいがあった。サクラクレパス賞の東弘治は、前回の受賞作に続いて、崩壊した都市を「城砦」として捉えているのだが、すべてが50年以上も昔の戦後の素材で、バラックを屋上に乗せた古いビルが無傷でいる風刺が可笑しい。

 それぞれ力作の佳賞のなかでは、加藤昭次の童画風の木版画が印象に残る。一見朴訥だが、人物の切断が自然で、背景に置かれた様々なものを含めて、目立たない形で良く考案されており、全体に親愛感が溢れている。

 800点を越える多数のなかからの少数の選択は、けっして容易ではないが、意欲作と出会うことができるのは、最高の喜びである。他人ではなく、何よりも自分自身に挑戦する作品を待望している。

北岡文雄(東京都)
審査員
版画家 日本版画協会名誉会員 春陽会監事

 平成11年の第1回展から、トリエンナーレ方式で開催される第2回山本鼎版画大賞展の応募作品の審査が、秋晴れの上田創造館で行われた。

 前回の審査が酷しかったので、応募作品が減少するのではないか心配だったが、前回を上廻る応募数で作品の質も向上していた。若い版画家だけでなく、中堅からベテランの版画家まで、この大賞展に強い関心があるということだと思う。

 作品の傾向も技法も内容も極めて多種多様で、特に前回はあまり見られなかったコンピューターグラフィックを利用した作品が増えたことが印象的だった。作品はそれぞれ個性的であったが、木版や銅版、石版等のオーソドックスな技術で納得させられる作品が少なかったことが残念だった。

 大賞のいしだふみ「WORK240302」はコラグラフという技法で、接着剤のような素材で版に凹凸を作り、強い圧力のプレスで凹凸の版画に喰い込んだ絵具を写し取ったもので、インパクトが強く大作に向いた技法である。黒い不安定な人体の実像と透明なグレーの影の虚像の対比は、現代社会の不安の表現なのだろうか。サクラクレパス賞の東弘治の「城砦」はオーソドックスな銅版画の技法で、破壊された社会の残骸と汚濁の象徴のような怪獣を、権力の象徴のような城砦都市と対比させて、現代社会を痛烈に批判している。現代美術にはこのように現実の社会や政治を批判し造型芸術にまで高めた作品は少ない。加えて銅版画の技術も緻密で極めて優れていると思う。

 準大賞の松田修の「ROUND HOME-1」は計算された画面で、技術的にも神経が行き届いているが、作者の意図が分からない部分がある。版の表現をよく知っているだけに惜しいと思う。

 同じ準大賞の桂川成美の「TURN AROUND」は木版画の大作で、大胆な構図のエネルギッシュな力作だが、黒に透明感が無く汚れて見えるのが残念だ。然し両者共に将来を期待される新人だと思う。

 佳賞や一般入選の中にもレベルの高い作品が沢山あった。受賞と言うことに拘わらず表現力を豊かにし、対象と自分自身を深く見つめ技術を磨き、自分独自な世界を表現することが最も大切なことだと思う。

 山本鼎先生の創作の真意もそこに在るのではないか。

黒崎 彰(京都府)
審査員
版画家 京都精華大学教授 日本版画協会会員

 はじめに、第2回山本鼎版画大賞展の審査にご招待いただいたことを、主催者の方々に心から感謝いたします。800点を超える数多くの応募作品を選定する作業は、決してやさしい仕事ではありませんが、さまざまなスタイルの作品や若い作家たちのフレッシュなイメージに触れる機会が、それ以上に貴重な、得難い時間を私に与えてくれたように思われます。また、この大賞展実施とその成功を支えるために、惜しみなく払われた実行委員会のメンバーや市民の方々の多大な協力に接して、喜ばしい驚きと共に、本展関係者全員の皆様に深い敬意を表せずには居られません。

 さて、審査は第1日目が入選作品の決定、第2日目が受賞作品の選出という予定で進められましたが、事実はそう簡単に運びませんでした。全応募作品の内からわずか約2割の入選作品を選び出すのは、優劣の差がほとんどなく内容がほぼ伯仲していた今回の場合、ことに困難な作業となりました。選外と決めた作品の中に見落としはないか、また逆に入選作品の中にも安易な判断と決定がなかっただろうか、これらのチェックは1日目には終了せず、とうとう予定外の2日目午前を費やすこととなり、しかしそれによって受賞作をも含め、すべての審査員が納得できる最善の結果が得られたように思われます。

 私の個人的な意見ですが、全体のレベルはかなり高いといえるものの、中堅作家の出品作に多く見られた一種のマンネリ傾向が気になりました。時代への独創的で新鮮な発言が期待される大賞展のごときコンクールであって、同工異曲なイメージが惰性的にくりかえし提示されることは残念でなりません。その点、CGを応用したかなりの数の出品作に期待が集まりましたが、技巧的におち入り易い罠を抜け出た、独自性の高い作品にはついぞ出会うことができませんでした。

 その意味で、技巧的でもなく意識的でもなく、しかしおおらかな感性と今日的な視点を共に備えたいしだふみさんの作品が、大賞を受けられたのは当然至極だったかも知れません。また、入選作の中にも沢山の光った才能が見られましたが、メッセージ性や表現力において、今後の新しい展開と充実がさらに期待されるように思われました。

野田哲也(干葉県)
審査員
版画家 東京芸術大学教授

 トリエンナーレ方式、つまり三年に一度行われる山本鼎大賞展は今年で二回目。その二回展に前回よりまして予想を上回る応募があったことは喜ばしいことである。応募作品も北は北海道から南は沖縄まで文字通り全国各地からあり、今やこのコンクールが日本における現代の創作版画家の登竜門として根づいてきている感じである。しかし、そのため今回は審査の方法にもちょっとした混乱があった。

 実際、応募総数819点の中から入選作を約200点選出することはたいへんな作業である。審査会場に当てられた上田創造館の一階ホールと体育館には衝立てを立てたりして展覧会場さながらの空間がつくられ準備されていたが、全作品をそこの壁面と床面を使ってもー度に見られるような状態にすることは不可能であった。そこで、採用されたのが、ボランティアで手伝いにきていただいた方々に作品を一点一点審査員の並ぶ席に運んでもらい入選作を選出するという方法であった。これはボランティアの方々にはたいへんな仕事となってしまった。

 いっぽう審査員にとっては、ただ椅子に座っていて、左から右に、少し大袈裟に言えば、流れるように移動する作品を見ながら入選にふさわしいと思う作品に手を挙げるだけなのだから比較的楽な仕事だが、広くお互いに作品を比較して見ることや、小さい作品や複雑な画面などは近づいてじっくり見ることさえ思うようにできず問題があった。やはり、全員の審査員には一日目にこのような方法であっさりと落とされてしまった作品については心残りのするものもあり、二日目は落選した全作品を上記の会場とロビーにひろげて、総点検をし、今度は審査員は歩いて見落しとした作品から入選作を拾い上げることになったのである。そして、拾い上げられた作品を初めの入選作品に加えて全入選作品を決定したのであった。

 受賞作の選考は全作品を会場の壁面にかけて、まずその候補作を選出する事から始められた。次にそれらを−ケ所に集めて討議され、投票するかたちで進められた。もちろん、どれもが優秀で甲乙つけ難いものであったことはいうまでもない。

 グランプリの受賞に決まったいしだふみの「WORK240302」にはやや素朴な部分があるが、その素朴な部分がかえって大胆な構成と明快な表現として評価された。それに比べると、準大賞の松田修の作品には家の形態が記号のようにまた象徴的に挿入され、ある日常性がその画面処理と深い色彩によってきわめて理知的に表現されている。同じような意味で八木文子の作品にもそれを感じた。八木の作品はよほど注意深く見ない限り、うっかり画面に微妙に表現されている顔を見過ごしてしまうが、化石でも見るような画面は不思議な雰囲気を醸し出している。また準大賞の桂川成美の木版画をはじめ、今回は木版による作品に優れたものが多かった。

遠藤彰子(神奈川県)
審査員
洋画家 武蔵野美術大学教授

 第2回山本鼎版画大賞展の出品作品を3年前に続き審査させていただきました。回を重ねるごとに、作品の厚みも幅も増しているように思われ、少なからず驚きを感じさせられました。それは、現実の姿を手掛かりに表現する切り口に慣れている油絵を描く者から見ると、出品作はより心象的なひろがりや、抽象性を多く含んでいるように感じられたからだと思います。すべて現実に見えるものの形を認識することから出発するにせよ、あまりそれにこだわることは、自己を縛ることになると自戒させられました。そんなふうに考えさせられるのも多様な出品作群の魅力によるものと思われます。そして形態を感覚的に捉えることが、制作者たちの身に染み込んでいることも発見でした。そこから多様な技法を経て、予測を越えた効果を得る版画のプロセスには改めて驚かされました。ひとつのイメージが完成に向かって変換されてゆく様は、絵筆に拘泥し逡巡(しゅんじゅん)する自分に比(くら)べて、うらやましい気もいたします。又全体の印象としては個々の作家のこだわらない視野の広さを感じるとともに、「日本人だなあ」とか民族性みたいなものが色濃く出ている作品が、もっとあっても良いように思いました。

 第2回大賞受賞の、いしだふみ氏の「WORK240302」は個人的な精神世界から社会的な問題意識までを含み、現代を象徴としてうまく表現されている作品です。矩形の内に斜めに佇む黒い人形(ひとがた)は、天国も地獄もこの世にあることを告げる使者の趣です。ファンタジーにつつまれながらも強いメッセージを感じさせる簡素な構成は、残像として深い印象を与えており、モノクロの強さが版画ならではの効果をあげていると思いました。

 今、私たちの日常空間に版画の浸透力が群を抜いています。平面表現では、最も生活に密着している芸術だと思います。そして、その密着度が掲げられた空間に呼応して、多様な表現を生み出す力になっているように思われます。この2回の山本鼎版画大賞展に参加させていただき、ありがとうございました。