安政年間上田城下町絵図
安政年間
安政年間(1855~1860)は、松平忠優とその子・忠礼が藩主であり、特に忠優はペリー来航や日米和親条約等の締結などの難局を老中として対応にあたった時期である。忠礼は上田藩最後の藩主として激動の時代を生き抜いた人物として知られる。これは両名が活躍した頃の上田城下町を描いた絵図である。
『仙石時代上田城及城下町之図』、『元禄15年上田城下町絵図』で「中屋敷」と記されていた清明小学校の敷地は、既に「御作事」に変わっている。作事場を囲む堀はまだはっきりと残されているようであるが、この後、徐々に埋め立てられていったことが分かっている。
また、仙石氏の頃の絵図にはなかった藩校「文武学校」が、現在の第二中学校の場所に見ることができる。藩士の住まいに記されている氏名は、当然のことながら仙石氏の頃とは一変しており、これが松平氏の藩政期に作られたものであることを窺わせる。
絵図をよく見ると、赤く塗りつぶされた正方形で描かれる「番所」に、「乾角御番所」などの名称が記されているのが分かる。また、原町に「獄所」とあり、犯罪人を留置した場所であろう。小泉曲輪の南側の川沿いには、「獅子岩」とあり、これは現在でも同名で呼ばれている。
幕末の不安定な世の中で作成された、上田城下町を知ることができる貴重な一枚であろう。
名 称 | 安政年間上田城下町絵図 | |
---|---|---|
所蔵者 | 上田市立博物館 | |
製作年 | 安政年間 | |
城 主 | 松平忠優 |
上田市立博物館所蔵
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