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牛頭天王之祭文読み下し文
牛頭天王之祭文
維当に来年次吉日良辰を撰び定めカケ□□□
□□□□ナクモ牛頭天王、武荅天神、
婆梨妻女、八王子を奉請して白して言わく、急ぎ
上酒を散共(供)し再拝再拝す、
謹請す、第一之(王子)ヲバ生広天王ト申す、
謹請す、第二之(王子)ヲバ魔王天王ト申す、
謹請す、第三之王子ヲバ倶摩羅天王ト申す、
謹請す、第四之王子ヲバ達你迦天王ト申す、
謹請す、第五之王子ヲバ蘭子天王ト申す、
謹請す、第六之王子ヲバ徳達天王ト申す、
謹請す、第七之王子ヲバ神形天王ト申す、
謹請す、第八之王子ヲバ三頭天王ト申す、
慎み敬いて白す、散共(供)して再拝し酒を献じ奉る、抑昔シ
武荅天神之本誓ヲ伝え請い給わルニ、是レ自リ
二十万恒河沙ヲ去りテ、須弥山ヨリ
北ニケイロ界ト云う処有リ、並ニ白キノ
御門ト申す、其御子、今之牛頭天王
未だキサキノ宮定リ給ハズ、其時南天竺
ヨリ山鳩ト申す羽一把、天王之御前ノ
梅ノ木ノ枝ニ羽ヲヤスメサエヅル様ヲ、
其時静ニ出テ聞賜ウニ釈迦羅龍宮ノ
姫宮ヲハシマス、其御カタチイツク
シク乄、三十二相八十種好ヲ
具足シ給ウ、是ハ牛頭天王ノキサキニ
定リ給ベシトサヤヅル、其時天王キイノ
思ヲ成テ、長本元年丙刀(寅)正月十三日、恋ノ
路ニアコガレ南海ノ面ヲサシテ出給ウ、
未申ノ時、折節ツカレニノゾミ給ウ
程ニ、日モハヤ晩セキに及ぶ、ココニ大福貴
ナル家有リ、主ノ名ヲバ小丹長者ト名付ク、
天王ハ立ち寄リ給テ宿ヲ借給う時、宿ハナシト
答ウ、天王重テノタマハク、但借(貸)給エト有リ
シカバ、小丹大いニイカリヲ成テ父類
眷属ヲ以テ送出シ奉ル、天王更ニ及ば不乄
小松ノ中ニ陰レ給ウ、其後下女出来ル、女(汝)
我ニ宿ヲ借(貸)トノタマウ、下女答テ云く、我ハ
是小丹長者之内ノ者也、然ニ此人ハ我ガ身ノ
富貴ナルニ依テ人ノ愁ヲモ知らず、往来ノ人
ヲモ憐ミ給う事モナシ、御宿ハ安キ事ニテ
候エ共然間御宿ハ叶う可からず、是ヨリ東方ニ
一里計行テ御宿ヲ借給ヘト申す、行テ御
覧ズレバ、松ノ木四十二本有ル処ニ一ノ
木陰有リ、並ニ立寄御宿ヲ借賜ウ、其時
女出テ答エテ曰く、我ハ是れ人間ノ者ト御覧
ズルカ、雨風ヲ衣トシ松ノ木ヲ体トシテ
過ル者也、是自東ニ万里計行テ志有ル
人アリ、其ニテ御宿ヲ借給エト申しケるニ、行
給テ宿ヲ借給うニ、蘇民将来ハ立ち出テ曰く、我ハ
是れ人間ノ顔ト成テ候エドモ、貧賤無極ニ
シテ仍て一夜ノ宿飯ニ成シ申スベキ物モナシ、
御座ト成申ス可処モ無シト申す、牛頭天王
重テノ給ハク、タダ借(貸)シ給エ見苦シカラジ、
女(汝)ノ食飯ヲタビ給エト有リシ時、蘇民将来
之居所ヲ取リ払テ粟ガラヲ敷キ、千(干)
莚ヲ御座トシテ請奉ル、粟ノ飯ノ夕
飯ヲマイラセ心ヲ点メ奉ル、其ノ夜モ
様々明ケレバ、御出立給テ出行給ウ時、
蘇民将来白テ言、公如何成方ヘ行給うト
申す時、天王ノタマウ、我レハ釈迦羅龍
宮ノ姫宮婆梨妻女ト申す人ヲ恋
奉リ、南海ノ面ヲ差テ行く者也、然ニ
小丹長者ノ宿ヲ借(貸)ザル其の恨ヲ大ニ成テ
依小丹長者ヲバ罰識ニ臥テ、来世ニハ
例(癘)気ト成テホロボスベシト有リシ
カバ、蘇民将来之曰く、小丹長者ガ娵ハ自ガ
ムスメニテ候、小丹長者ヲバ罰シ給ウ共我等ガ
ムスメヲバ御除給エト申し奉レバ、其レハ
安キ事也ト天王言テ、柳ノ札ヲ
作テ蘇民将来之子孫也ト書テ、
男ハ左、女ハ右ニ懸る可、其レヲシルシニ
ユルスベシトテ、古丹長者ヲバ罰識ニ
臥せ、牛頭天王ハ南海ヲ差テ出給ウ、
其の後、釈迦羅龍宮ノ姫宮ニ相奉りテ
十二年之内ニ王子八人マウケ
給テ帰国シ給ウ、其ノ部類眷属
九万八千有リ、古丹長者ハ此事を
請給テ、魔王ノ通ルトテ四方ニ鉄ノツイジ
ヲツキ、天ニ鉄ノ網ヲ張リ、屋堅ヲ乄
居給ウ、又蘇民将来ハ請給テ、金ノ
宮殿ヲ造テ待チ奉ル、牛頭天王御
覧乄如何ナル事ト問給ウ、蘇民将
来答テ曰ク、公ノ御通リ賜ウ後、天自リ宝
降り、地従泉ワキ出テ、七珍万宝充
満タリ、然ニ君ヲ三日留奉ランガ為也ト
申ス、然間三日留給テ、古丹長者ガ処ヘ
使ヲ立テ見セ給ウニ、四方天地ヲ閉テ
入ル可キ様モ無シト申ス、其時天地ニ開ク
花ヲ入テカガセ給ウ程ニ、善知識ノ水ノ
流ルル所有リ、カキ入レテ九万八千之
眷属ヲ以テ、七日七夜之内ニホロボシ
給ウ、其後、小丹ガ子孫ト云者ヲバ
一人モ立ツ可不ト言う、又其時従、蘇民
将来ノ子孫ヲバユルシ給ウ、当病平癒、
身心安穏、息災延命、福寿増長、
七難即滅、七福則(即)生、家内富貴
子孫繁昌、殊ニハ蛇(邪)気、遠(怨)霊、呪詛ヲバ
万里之外ニ払ヒ、牛頭天王、婆梨采女、
武荅天神、八王子、蛇毒気神王等之
部類眷属、愛愍を垂れ納授ヲし給ヘト、
敬いて白す、再拝々々す、上酒を散共(供)す、
謹請す、首五体の病ハ武荅天神ニ申し給ウ可シ、
謹請す、口ノ病ハ婆梨細女ニ申し給ウ可シ、
謹請す、足ノ病ハ大良ノ王子ニ申し給ウ可シ、
謹請す、腹ノ病ハ次良ノ王子ニ申し給ウ可シ、
謹請す、喉ノ病ハ三良ノ王子ニ申し給ウ可シ、
謹請す、胸ノ病ハ四良ノ王子ニ申し給ウ可シ、
謹請す、手ノ病ハ五良ノ王子ニ申し給ウ可シ、
謹請す、腰ノ病ハ六良ノ王子ニ申し給ウ可シ、
謹請す、モモノ病ハ七良ノ王子ニ申し給ウ可シ、
謹請す、膝ノ病ハ八良ノ王子ニ申し給ウ可シ、
南斗北斗、讃歎玉女、左青竜、
右白虎、善(前)朱雀、御(後)玄武
急々如律令
離 遊
文明十二年庚子霜□廿八日 書写し畢ぬ
牛頭天王之祭文口語訳
牛頭天王之祭文*1
ここに来たる年*2、よい日よい時を撰んで、
恐れおおくも牛頭天王*3、武荅天神*4、
婆梨妻女*5、八王子*6をお迎えして、申し上げます。急いで
良い御神酒をお供えし、何度も礼拝いたします。
謹んで、お迎えいたします。第一の(王子)は生広天王と申します。
謹んで、お迎えいたします。第二の(王子)は魔王天王と申します。
謹んで、お迎えいたします。第三の王子は倶摩羅天王と申します。
謹んで、お迎えいたします。第四の王子は達你迦天王と申します。
謹んで、お迎えいたします。第五の王子は蘭子天王と申します。
謹んで、お迎えいたします。第六の王子は徳達天王と申します。
謹んで、お迎えいたします。第七の王子は神形天王と申します。
謹んで、お迎えいたします。第八の王子は三頭天王と申します。
慎しみ敬って、お供えして礼拝し、お酒を捧げます。そもそも昔より伝えられている
武荅天神の誓願の物語りによりますと、ここより
恒河沙*7というはるか遠く、須弥山*8という山の
北にケイロ界*9と云う所があります。そしてそこを治めている方は白きの
御門(帝)*10と申します。その王子、すなわち今の牛頭天王が
まだお后がお決まりにならない時、南天竺
から山鳩が一羽飛んできて、天王の御前の
梅の木の枝に羽を休め、さえずっていました。
その時、牛頭天王はそっと出て、さえずりをお聞きになりました。それによると「釈迦羅龍宮*11には龍王の王女がいらっしゃいます。その姿はたいへん美しくて
三十二相、八十種好*12という特長を
そなえられています。その王女こそ定めし牛頭天王の后に
ふさわしいでしょう」というのです。その時に天王は不思議な
思にかられ、長本元年*13の一月十三日に恋の
路にあこがれ、南海の方面をめざして出発されました。
午後も遅くなりますと、天王はお疲れになられ、
そのうち日も早く暮れてしまいました。ちょうどそこにたいそう富んだ
家がありました。主人の名は小丹長者*14といいます。
天王はお立ち寄りになられ、一夜の宿を頼みましたが、「貸す宿はない」と
断られました。天王がふたたび「宿をお貸しくだされ」と頼むと
小丹長者はたいへん怒って仲間や
一族で天王を追い出してしまいました。天王の望みはかなわず、
小松の中にお隠れになられました。その後に下女が出て来ましたので、その下女に「お前さん、私に宿を貸してくれんか」と天王はおっしゃりました。下女が答て言うことには、「私は小丹長者の家の者です。この人は自分が
お金持ちのため人の悲しみがわからず、道行く人を
気の毒に思う事もありません。お宿をお貸しすることは簡単ですが、
こうした事情でお宿はお貸しできません。ここから東方に
一里ほど行ってお宿をお借りなされ」と申しました。行って
みると、松の木が四十二本ある所に、一ヶ所の
木陰がありました。ここに立寄って宿を借りることにしました。その時、
女が出てきて答えて言うことには、「私が人間の者と見えましょうか。
雨風を着物として、松の木を本体として
過ごしてきた者です。これより東に一万里ほど行きますと、親切な
人がいます。そこでお宿をお借りなさいませ」と申しました。それでそこへ行って
宿をお借りになられました。すると蘇民将来*15という者が出てきて言うことには、「私は
一人前の人間の姿をしていますが、たいへん貧乏で身分が低く、
一夜の宿の食事とすべきものも、
あなたのような方をお泊めするところもございません。」と申しました。牛頭天王が
重ねて、「ただ宿をお貸しいただければ、それでけっこうです。何も気になりません。
あなたが食べる食事をいただければけっこうです」と言われました。すると蘇民将来は
住んでいる所をかたづけて粟がらを敷き、ほした
莚を敷いて牛頭天王の休みどころとしました。また粟の飯の夕
飯でもてなして、その心を安らかにしてあげました。その夜も
ようやく明けて、さあ出発という時に、
蘇民将来が、「あなた様はどちらへいかれますか」
と申しますと、牛頭天王はおっしゃいました。「私は釈迦羅龍
宮の姫君の婆梨妻女という人を恋
してしまった。そこで南海の方面をめざして旅行している者です。ところが、
小丹長者が宿を貸してくれなかった。その恨は大きい。
だから小丹長者を罰してやりたい。将来には、
厄病神*16となって滅ぼしてしまおう」といわれました。
すると蘇民将来は、「小丹長者の嫁は、自分の
娘です。小丹長者を罰しなさるとも私の
娘はお除きください」と頼みました。「それは
かんたんな事である」と天王はおっしゃって「柳の木*17でお札を
作り蘇民将来之子孫也と書いて、
男は左側、女は右側にかけておきなさい。それを目印として
許してやろう」といわれました。そして古丹長者を罰して
やろうと、牛頭天王は南海をめざして出発されました。
その後、釈迦羅龍宮の姫君に出会い結婚されて、
十二年のうちに王子を八人もうけて
帰国されました。その仲間、従者は
九万八千人もありました。古丹長者はこのことを
聞くと、魔王が通るといって、四方に鉄の塀
を築いて、上空には鉄の網を張り、屋敷を守り固めて、
おりました。また蘇民将来はこれを聞いて、金の
宮殿を造って、待っておりました。牛頭天王はこれをご
覧になられて、「これはどうしたことか」と問いたずねました。蘇民将
来は答て、「あなた様がかつてお通りなされた後、天より宝が
降り、地より泉がわき出でて、あらゆる珍しい宝物で
いっぱいになりました。それであなた様を三日間お泊め申し上げたいのです」と
申しました。そんなわけで、天王はそこに三日間お泊まりになられ、古丹長者の所ヘ
使者を送り、様子をうかがわせたところ、四方と天地を封鎖して
入ることもできないと言います。その時、天地に咲く
花*18を入れてかがせているうちに、善知識の水*19が
流れている所がありました。そこから侵入して、九万八千の
従者達によって、七日七夜のうちに小丹長者の一族を滅ぼして
しまいました。その後「小丹長者の子孫という者は、
一人も生きることはできない」とおっしゃられました。またその時より蘇民
将来の子孫は許され、繁栄したということです。病気が治り*20、
身も心も安穏で、長命になり、幸福が増しますように。
七種の災難*21がなくなり、七種の幸いが生じ、家内は富んで、
子孫は繁昌しますように。ことに邪気、怨霊、呪詛が
一万里のはるか遠くにおい払われますように。牛頭天王、婆梨采女
武荅天神、八王子よ、蛇毒気神王*22などの
仲間や従者よ、あわれみを垂れ、願いをお聞きください。
敬って申し上げます。重ねて礼拝いたします。 上等な酒を散らしてお供えします。
謹んでお願いします。頭や五体の病は、武荅天神に平癒のお願いを申し上げます。
謹んでお願いします。口の病は、婆梨細女に平癒のお願いを申し上げます。
謹んでお願いします。足の病は、太郎*23の王子に平癒のお願いを申し上げます。
謹んでお願いします。腹の病は、次郎の王子に平癒のお願いを申し上げます。
謹んでお願いします。喉の病は、三郎の王子に平癒のお願いを申し上げます。
謹んでお願いします。胸の病は、四郎の王子に平癒のお願いを申し上げます。
謹んでお願いします。手の病は、五郎の王子に平癒のお願いを申し上げます。
謹んでお願いします。腰の病は、六郎の王子に平癒のお願いを申し上げます。
謹んでお願いします。モモの病は、七郎の王子に平癒のお願いを申し上げます。
謹んでお願いします。膝の病は、八郎の王子に平癒のお願いを申し上げます。
南斗北斗*24、讃歎玉女、左青竜、
右白虎、前朱雀、後玄武よ。
急々如律令*25
離 遊
*26
文明十二年(1480年)庚子 十一月二十八日 書き写し終った
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