水道(すいどう)のあゆみ

上田地区(うえだちく)

水道(すいどう)ができるまえ(大正(たいしょう)8年(ねん))、上田(うえだ)は人口(じんこう)(30,247人(にん))のわりに井戸(いど)が少(すく)なく(510程度(ていど))、1つの井戸(いど)を共同(きょうどう)で使(つか)っていたようです。
しかし、井戸(いど)の水量(すいりょう)が少(すく)ないことや水質(すいしつ)が悪(わる)いことから健康(けんこう)に良(よ)くないので、上水道(じょうすいどう)をつくることは市民(しみん)の強(つよ)い願(ねが)いでした。

駅前通りの管路工事
染屋浄水場第1配水池築造中
駅前通りの管路工事
石舟浄水場全景

水道工事(すいどうこうじ)の歴史(れきし)

大正(たいしょう)12年(ねん)創設(そうせつ)千曲川(ちくまがわ)表流水(ひょうりゅうすい)を水源(すいげん)とする染屋浄水場(そめやじょうすいじょう)を建設(けんせつ)し、給水(きゅうすい)を開始(かいし)
昭和(しょうわ)9年(ねん)水源拡張工事(すいげんかくちょうこうじ)使用量(しようりょう)の 増大(ぞうだい)に対応(たいおう)するための水源補水工事(すいげんほすいこうじ)
昭和(しょうわ)20年(ねん)第(だい)2次(じ)水源拡張工事(すいげんかくちょうこうじ)桝網(ますあみ)用水(ようすい)利用(りよう)に変更(へんこう)するため水源補水工事(すいげんほすいこうじ)
昭和(しょうわ)28年(ねん)第(だい)1次(じ)拡張事業(かくちょうじぎょう)神川水源(かんがわすいげん)の新設(しんせつ)と染屋(そめや)浄水場(じょうすいじょう)の拡張工事(かくちょうこうじ)
昭和(しょうわ)33 年(ねん)   北部地区(ほくぶちく)、 城下地区(しろしたちく)への 配水管拡張工事(はいすいかんかくちょうこうじ)
昭和(しょうわ)38 年(ねん) 第(だい)2 次(じ)拡張事業(かくちょうじぎょう) 川辺(かわべ)・ 塩尻(しおじり)・ 神川(かんがわ)・ 豊殿地区合併(ほうでんちくがっぺい)に 伴う(ともなう)配水管拡張工事(はいすいかんかくちょうこうじ)
昭和(しょうわ)46 年(ねん) 第(だい)3 次(じ)拡張事業(かくちょうじぎょう) 菅平(すがだいら)ダムへの 参画(さんかく)と 真田町(さなだまち)石舟(いしふね)浄水場(じょうすいじょう)の 建設(けんせつ)による、 殿城簡易水道(とのしろかんいすいどう)の 統合(とうごう)
昭和(しょうわ)51 年(ねん) 第(だい)4 次(じ)拡張事業(かくちょうじぎょう) 川西村水道事業(かわにしむらすいどうじぎょう)の 合併(がっぺい)による 配水管(はいすいかん)の 設備(せつび)
昭和(しょうわ)53 年(ねん) 第(だい)5 次(じ)拡張事業(かくちょうじぎょう) 維持管理時代(いじかんりじだい)に 対応(たいおう)した 施設設備(しせつせつび)
平成(へいせい)19 年(ねん)   計画給水人口(けいかくきゅうすいじんこう)113,000 人(にん)。 上田水道事業(うえだすいどうじぎょう)、 岩清水簡易水道事業(いわしみずかんいすいどうじぎょう)の2 事業(じぎょう)で 運営(うんえい)。
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