文 新潮文庫 『真田太平記』
3 上田攻め
「沼田の地を北条家にひきわたすべし」という家康の言葉をはねつけた真田昌幸は、戦を覚悟する。相手は天下統一を羽柴秀吉と争っている徳川家康。昌幸は、昨日までの敵、越後の上杉景勝と和睦し、羽柴・上杉・真田の同盟を確立する。徳川・北条両軍との兵力の差を知っている昌幸は、一日の戦闘にすべてを賭けることにする。
徳川軍が、石垣の石も見えぬほどに這いのぼりつつある。
「真田の命運も、もはや、これまで」
と、だれの目にも、そう映ったのだが……。
異変は、このとき、突如として起こった。
塀が崩れはじめたのだ。
石垣の上の塗塀が、めりめりと軋みはじめ、かたむきかけた。
「ああっ……」
「何じゃ、あれは……?」
一部の徳川の将兵がこれに気づいたときは、すでに遅かった。
一部の塀ではない。
石垣の上の、大半の塀が見る見るうちにかたむき、その上をおおいつくしていた雑木の枝が、いっせいに、石垣をのぼりつつある徳川軍の頭上へ落ちかかった。
いや、木の枝ならば、何でもない。
木立かとおもわれるほどに、こんもりと塗塀の上をおおっていた雑木の枝や葉に隠されていたのは、一抱えもあるほどの樹木であった。枝も葉も残したままに近くの山々から伐採してきたのを、横ざまに塀の上に吊り掛けておき、これをいっせいに落としたのである。
樹木のみか、石塊までも仕掛けてあった。
石垣を埋めつくしてのぼりつつあった徳川軍は、落下する樹木と石に打ち叩かれ、絶叫、悲鳴をあげて濠へ落ちこむ。