文 新潮文庫 『真田太平記』
8 上田開城をせまる徳川秀忠軍
徳川秀忠の第二軍は、信州・小諸に到着していた。本多忠政と真田信幸が使者として真田昌幸に会見し、上田城の明け渡しを求めた。我が子が使者ではと開城を承諾した昌幸は、三日間の猶予を、と引き延ばし戦術に出る。
徳川秀忠の第二軍は、信州・小諸に到着した。
小諸から上田までは、五里ほどの近距離である。
ここで、秀忠は、上田城の真田父子に向けて、
「開城せよ」
との使者を、さしむけることになった。
その正使・副使は、本多忠政と真田信幸に決まっている。
そこで、忠政と信幸は、三十余騎に護られ、上田領内へおもむいた。
真田信幸は、城外の国分寺へ本多忠政を案内し、ただちに使者を上田城へつかわした。
使者は、信幸の家来で、木村甚右衛門といい、真田本家の人びとも、よく見知っている温厚篤実の士である。
「ほう。甚右衛門がまいったか」
真田昌幸は、本丸の居館へ木村甚右衛門を通し、
「久しぶりじゃな」
「恐れ入りましてござります」
「そのほうが使者にまいったところをみると、伊豆守も近くへまいっておるのか?」
「国分寺におわしまする」
木村が、このたびの正使・副使の名を告げるや、
「すりゃ、まことか……?」
安房守昌幸は、おどろいたような顔をした。
夜に入って国分寺へもどって来た木村甚右衛門が、このことを真田信幸に報告すると、
「何を申す」
信幸は破顔して、
「われらが此処に到着したることは、すでに、草の者が見とどけていよう。父上は何も彼も存じておわすのじゃ」
と、いった。