文 新潮文庫『真田太平記』
9 戦備を整える上田城
城の明け渡しに三日の猶予をと申し出た真田昌幸。
徳川秀忠の後見として第二軍に加わっている本多正信が、物見の騎士たちを上田方面へさしむけてみると、城下では町民たちを立ち退かせた後へ柵を設け、武装の真田勢が諸方の木戸を守備しているではないか。城の櫓には六文銭が翻り、城門を出た武装の部隊が何処かへ移動しつつある。
「おのれ、安房守め……」
徳川秀忠は激怒した。
ただちに、本多忠政・真田信幸が三百余の一隊をひきい、国分寺へ駆け向かい、そこから使者を上田城へ送り、
「すぐさま、城を明け渡すべし」
と、せまった。
すると真田昌幸は、
「こなたより、国分寺へ返答をいたす」
徳川の使者を帰しておいて、間もなく、使者を国分寺へさしむけてよこした。
真田昌幸は、こういってよこした。
「一時は、本城を明け渡すつもりでござったが、よくよくおもいみるに、亡き太閤殿下の御恩忘れがたく、この上は当上田の城に立てこもり、いさぎよく戦って討死をいたし、わが名を後代にとどめたく存ずる。西上のおついでに、ま、一攻め攻めてごらんあれ」
まことに、人を喰った口上ではないか。
本多忠政は満面に血をのぼせて怒ったけれども、いまさら、
「約束が違うではないか……」
と、使者の鴨屋を責めてみたところではじまらぬ。